Bookeater's Journal

洋書の読書感想文

"Stoner" John Williams

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*塵に同じ*

この本を読んでる間ずっと頭の中で「祇園精舎の鐘の声」が鳴り響いていたのであった。

カラーンコローンカランカランコロン…これは鬼太郎の下駄の音だった…。キーンコーンカーンコーン…じゃなくて。ゴーン、ゴーン…これかな?

日本語のオノマトペや擬態語は面白いので研究してみたいです。

土曜日の朝日新聞には読書欄があり、毎週読むようにしている。ひと通り読むんだけど、読みたいと思う本に出会えるのは多くても1年に1冊か2冊程度だろう。けれど、必ず目を通す。他にも雑誌やインターネットで本の広告や書評を見つけたら必ず読むようにしている。それは、好きだからでもあるけど、本の虫は常に頭の上の二本のアンテナをピーンと張ってなければならないのです。そうせねば、本の声をキャッチし損ねる。

それは習性である。

それで、そんなある土曜日の午後、この本の書評を読んだ。と言うとなんかかっこいいな。わは。

すぐにアマゾンで調べてみる。みんな褒めてる。「たぶん私この本好きだな」とわかった。で、即購入した次第です。

古本を購入。状態は良かったが、ページを開くとあふれ出る香水の香りが強すぎて読めなかったので、しばらく放置。1ヶ月ほどでその香りは去っていった。どんなお方が読んでいたのでしょうか…?

「Stoner」というのは、主人公の苗字である。日本語だったら「山本」みたいな?でもstoneだからむしろ「石本」か。日本語ではこういうタイトルの本はないなー。表札みたいになっちゃうからかな?日本語だったら「石本太郎の生涯」みたいになるのかな。

高校の授業で「All work and no play makes Jack a dull boy.」ということわざを習ったとき、先生がJackという名前は英語圏では太郎みたいなもんですって言ってた。本当か!?今Googleで調べてみたところ、どうやら本当らしい。すごいです、先生!ほんとでした。昔はスマホなかったのに知識豊富だったんですね。その先生が誰だったかも他になにを教わったかも覚えてないけど、このコメントだけは鮮明に覚えている…先生すみません。教育とは無駄なものなのでしょうか。

主人公StonerのファーストネームはWilliamなのです。

Jackが太郎だとすると、Williamは次郎?まぁ、とりあえず「石本太郎の生涯」ではなく「石本意思雄の生涯」(邦題仮)ということにしておきます…。willだからね…。

日本語でも読めます。読書欄に載ってたのは翻訳版でタイトルは「ストーナー」でした…無難だな。

作家の苗字がWilliamsで主人公の名前がWilliam。ここんとこに込められた意図はあるのかわからない。この作家も大学で教えていたそうなので、自伝的要素もあるのかもしれない。

苗字と名前が一緒の人物に遭遇するというのは英語圏ではよくあることなのではないかと思うが、そういう時人はどんな反応をするのだろうか。「あ、どもども。」みたいな感じ?それとも無反応?名前の珍しさにもよるのかな。自分の名前と同じ苗字を持つ人と結婚した人の話をどこかで読んだ気がする…。

ホント地味な話で、大事件とか大冒険とかは何もないんだけど、不思議と惹き込まれる物語だった。

農家に生まれた男が運命に導かれるように大学に入り、農学を勉強していたはずが文学にはまって文学部の教授になる。それなりに恋もあり争いもあるが、話は淡々と進んでいく。

Stonerという人は稀に見る無骨で寡黙なヒーローで、こんなに喋らない主人公は珍しいのではないかと思う。そして悲しい時、百姓の面影が残る手をぎゅっと握りしめたり、窓の外をじっと眺めたり、痩せたり年老いてしまったりするのだ。

頑固で自分の主義を曲げない。そしてほとんど運命に抗わない。そんな彼は時々かっこいいとさえ思えた。

冒頭から繰り返し述べられているのだが、「ストーナーが死んだ後、彼のことを覚えている者はほとんどいなかった」らしい。けれど、この人物は生きてそこに存在していたのだ。悲しみや喜びや苦悩とともに。

もちろん、架空の登場人物なのではあるが。

人は死んだらいなくなる。その点では誰しも平等で、それは悲しいような心安らぐような事実だ。

この本を読むと哲学的な気分になり、マルクス・アウレリウスの「自称録」や「平家物語」や「方丈記」が頭に浮かんだ。

そもそも、この本は1960年代に出版され、世の中から忘れられかけていたが、2000年代に再発行され、それを読んだフランス人に翻訳されフランスでベストセラーとなり、イギリスではイアン・マキューアンが絶賛して爆発的に売れ、そして日本でも翻訳されてしばらくしてじわじと売れ始めたらしい。私のように、朝日新聞の書評欄を読んで手に取った人も多いだろう。

良書は滅びない?いや、たぶんたくさん滅びてるだろうけど、良い本の持つミラクルパワーを信じさせてくれる逆転ホームランだ。

でも、ホームランを放った当人はあくまで地味で控え目な。

野菜に例えるなら、牛蒡のような。

地味だけど滋味深いお話でした。