Bookeater's Journal

洋書の読書感想文

"Lessons in Chemistry" Bonnie Garmus

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 *何故に被う?*

「あ〜、面白かった!読んでよかった…。」と心の底から思うことって実はそんなに多くない。この本はそういう本で、読後満足感が非常に高かったです。何か読みたいけど何にしようか迷ってる人…これ!お薦めします。ベストセラーになってドラマ化もされたらしいから、もうすぐ翻訳も出るはず。

実は人に本を薦めることは滅多にない。というのも、読書とは時間を食うものなので、人の時間を奪うようで気が引けるからだ。それに、読書のメインロードと言うよりもけもの道を歩いているという自覚があるため、自分の好きな本はおそらく多くの人にとってはつまらないだろうという思いは確信に近い。

でも、ネットで調べたら、すごく評判がよかったので、大丈夫。安心した。いつも計算ミスをして算数で赤点とっているのになぜか100点を取り、先生に褒められたような気分です。やればできる。できる子だと思ってたよ。根拠の無い自信を得た。

この本は、次に読む本を求めて図書館へさすらいの旅に出掛けた時、新着本のコーナーで発見したのだった。ん?偉いのは私ではなくて図書館だった?司書さんすごい!

思えば図書館の人達も誰にも褒められず、本を注文し貸し出し、並べているのだ。感謝の心を忘れないようにしたい。ありがとうございます。

図書館司書は憧れの職業だ。本をピッてしたい。そして、他人がどんな本を読んでいるか知ることができる。わはー!悪の喜び。逆に考えると、私の読む本もチェック入ってるのだろうか…?頭いかれてると思われてないことを祈ります。

1960年代、アメリカにある女性の科学者がいる。自分は生まれながらの科学者だと思い、科学者であることに誇りを持っている。その頃社会は女性を軽視している。彼女は敢然とそんな社会に立ち向かって行くのです。でも、不本意ながら、経済的理由によりTVシェフをすることになります。そんな女の人の挫折と愛と希望を描いた物語です。

端的に言うと、フェミニズムはこの話の重要なテーマなのだが、ヒロインはことさらに女の権利を主張したり大騒ぎしたりしない。ただ毅然としてあるがままの自分でいる。率直で正直だ。そこがかっこいいと思った。

だから、攻撃的なフェミニストがちょっと苦手な人や男性でも楽しめるのではないかと思う。正直、男性の気持ちは全くわからないのでなんとも言えないが。男性にもいろいろな好みの人がいるだろうしな。未だに女性作家の本が好きって言う男性に会ったことがない。「赤毛のアン」大好き!とか言う男の人も世の中にはいるはずだ。たぶん?きっと?そんな人がいたら友達になりたいものです。

表紙もカラフルでかわいいです。「Lessons in Chemistry」って書いてあったらなんだかお勉強の本みたいじゃないですか?知的に見える?

「Love equation」とか「The Love Hypothesis」とかそういうタイトルの本が流行ってるのかな…?こういう本の読者の大部分はおそらく文系女子であるからして、理系への憧れなのかもしれません。

一般的に洋書のペーパーバックの表紙はあまりパッとしないものが多い。日本の本の表紙は文庫であっても凝りすぎなくらい全力投球なのは、やっぱり国民性かと思う。

そしてそんな素晴らしい表紙を日本人はブックカバーにて被う。英語で表紙のことをcoverと言うから、coverにcoverしてると思うとなんかおかしい。外国の人はあまりブックカバーしないような気がするけどどうだろう。

日本人には「自分が読んでいる本を絶対他人には知られたくない」っていう人も結構いるらしい。私もブックカバーをするけど、どちらかというと、うちのテーブルはいつも水やらお茶やらこぼれているから本を汚したくないというのが主な理由だ。

最近電車の中などで本を読んでいる人はほんとに少ないから、そういう人がいると何読んでるのかなーと思うけど、やっぱりブックカバーしてるからわからない。ブックカバーをしない外国の人に言わせると、「何を読んでるかわかった方が話のきっかけになっていいじゃない?」ということなので、ブックカバーは拒絶の印なのか?

しかし、スマホカバーやピアノカバーは外国にもある。それは傷つき易いものを守るためだ。もしかして、元々は本を保護するためにブックカバーをしていたのが、プライバシーを守ることに変化したのか。ちょうど、感染を防ぐためにしていたマスクが顔を隠すものとして重宝されているようなものだ。人は隠すことに居心地の良さを感じるものなのか。

それとも単に日本人はカバーというものが好きなのかもしれない。昔、手芸好きのご婦人の家に行くと、あらゆるものに手作りのファンシーなカバーがかけられていたものだ。黒電話カバーにティッシュケースカバー、挙句の果てにドアノブにまでカバーがかけらけていた。使いにくいったらありゃしないが、あれは彼女達の実力を披露するいい機会だったのだろうと思う。

ありのままの自分を目指すなら、まずはブックカバーをやめてみようかなと思う。マスクを外して堂々とあるがままの本を読む。そういうのってかっこいいんじゃないだろうか。